中国絵画の歴史

中国画・水墨画と養生

現在、中国では中国絵画を「中国画」(省略「国画」)と言います。歴史が長く、書道、京劇、中医薬などと同じで中国伝統文化のひとつです。

中国画の歴史

中国画は土陶や青銅器などの様々な線と紋様から発展した漢字や書道と関係もあり、中国画の独特な線条芸術の基礎が伺われます。中国考古上の最古の絵画は楚(紀元前4世紀から3世紀)の時代に墓から発堀された帛画(図1)には、生き生きとした線で描かれた長いスカートをはいて合掌している細い腰の美女と、その上に格闘している一羽の鳳と一本足の竜が描かれています。

漢の時代にすでに宮廷に画院があり、専門の画家がいました。漢の時代の

壁画と隋と唐の時代に仏教が盛んでたくさんのお寺に仏画を描いているので、仏画が中心です。従って唐の時代前の中国の絵画は、人物中心の鮮やかな色を使っています。宋の時代は山水画が盛んな時代で、水墨画や文人画が盛んに描かれ始めました。

中国画は墨や彩墨で書いた墨彩画と、墨だけで書いた水墨画に分けられます。水墨画は文人画と言い、書道家や詩人などの文人達や書がうまい役人達はプロの画家と違い彩墨を使わずに書と詩を書く間に、同じ紙と墨と筆でちょっとの休みとして、或いはストレス発散として四君子の「梅蘭竹菊」などを書いたのではないかと考えられます。唐の時代の王維(701~761年)を初め、宋の時代の蘇東坂(1036~1101年)などは詩人であり、文人であり、書道家であり、水墨画も書けます。

日本でも仙台藩の伊達政宗は書道や詩が堪能だっただけではなく水墨画も書きました。また江戸時代の仙台四大画家の一人の菅井梅関(1784~1844年)は長崎で中国文人画家の江稼圃と出会い、詩書画を書くという自身の画風を確立し、仙台近代絵画に中国文人画と南画を加えました。

中国画の特徴

筆、墨、紙を使うことは中国画の特徴の一つです。特に紙は滲むので墨の濃淡からの変化は豊富で「墨分五色」と言います。水墨画は滲む紙(宣紙、和紙)に一筆の墨の濃淡変化が一瞬で複製できないことが水墨画の特徴と魅力と思われます。従って、水墨画は墨を中心に線の変化と墨の濃淡で表す芸術です。

「書画同源」は中国画のもう一つ特徴です。書の象形文字は絵から来ており、絵と書は同じ筆と墨と紙で、主に線で様々なものを表します。中国の水墨画家はみんな書を書き、画が上手になるために書を練習します。従って、書道家は簡単に画を書けます。例えば清の時代の呉昌碩(1844~1927年)はずっと書道家で50才以後から水墨画を書き始めましたが書道が上手で水墨画大家になりました。

中国画は描き方により工筆、写意(小写意、大写意)に分けられます。工筆は丁寧に写実で書く、写意は形より意や神を表すことです。書に当てはめると工筆は楷書、小写意は行書、大写意は草書でしょう。従って水墨画を書くことは描くではなく「書く」、また書いた内容により、花、山水、人物、動物、虫鳥画などに分けられます。

中国画に詩、書、印があることは特徴の一つです。絵に絵を歌う、絵と合う詩(自作か詩人の詩か)を絵に合う書体で書いて、最後に落款の処に赤い氏名や雅号印と絵のバランスをとる遊印を押せば作品が完成し、完璧になります。普通の絵にレベルが高い書、詩、印があると、やはり絵のレベルも高くなります。もちろん詩が自作、書も自分で書く、印も自分で彫ることは最高です。ちなみに絵、書、印できる画家は「三絶」と言い、「絵、書、詩、印」ができる画家は「四絶」と言います。例えば清の時代の呉昌碩が詩、書、画、印「四絶」(図2)、鄭板橋(1693~1765年)は詩、書、画「三絶」です。私の中国水墨画の先生の陳寿栄(1916~2003年)は詩、書、画、印の「四絶」です。

「詩中有画、画中有詩」の言葉の通り、近世以来中国画に必ず詩が書き添えられ、「詩」と「画」の二重表現となります。「画中に詩があり、詩中に画あり」と述べたのは唐の時代の詩人王維です、例えば王維の詩句「明月松間照 清泉石上流」は画と同じ意境で、美しい山水画でしょう!

日本の水墨画

日本では水墨画の歴史が短くて、実は唐、宋の時代から伝われた唐画、南宋画(省略「南画」)、文人画は歴史が長いと思います。1870年代に油彩画の西洋画に対して「日本画」と呼ばれ始めました。私から見ると絵の具を使う日本画と墨だけを使う水墨画は、南画や文人画から分けて発展したと考えられます。横山大観は日本画家であり、優れた水墨画大家でしょう。

ご存じの通り、現代の日本の水墨画はほとんど絵と氏名印だけ、詩や書は少ないです。俳画は絵が写意で俳句があり、中国の水墨画に近いかなと思います。

私は水墨画を書くので1994年に仙台に留学した後、仙台の水墨画、書道家、篆刻家との交流があり、故高倉勝子先生(1925年~2015年)と今でも活躍している105才の遠藤盛二先生と交流がありました。ちなみに故高倉勝子先生は日本画家と水墨画家であり、遠藤盛二先生は水墨画家と書道家です。

水墨画は伝統的な養生法

昔から書画家が一般の人より長寿で、書道と水墨画が健康によいことを中国人らはよく知っています。中国漢方医学でも非常に重視している養生法であり「書画養生」と呼ばれています。

昔から書画家の平均寿命は長いです。唐の時代から、明、清、現代まで長寿の書画家が数えられないほど多く、同時代の優越な生活を送り医療を受けていた皇帝や、同じ生活水準の文学家や詩人より長寿でした。例えば唐の時代、皇帝の平均寿命54才、文学家・詩人の60.7才に対して書画家の平均寿命は74.3才です。清の時代の書画家も同じで、皇帝、文学家、詩人より長寿でした。

面白いことは、唐の時代一番長寿の武則天皇帝(81才)は書道愛好家であり、清の時代の一番長寿の乾隆皇帝(81才)、一番長寿の文学家邵潜(84才)、兪樾(85才)も書道家でした。現代の書画家の何香疑(94才)、孫墨仏(105才)、斉白石(97歳)も長寿です。彼らの長寿の原因はもちろん沢山あるのでしょうが、水墨画と書道は日常生活の一部分で、毎日筆を取る習慣を長く深くつづけているのが共通点です。

実は私は「美術年鑑」(美術年鑑社)の平成元年から平成18年まで物故の書道家、日本画(水墨画を含む)画家、洋画家(版画、水彩画家を含む)、彫刻家、工芸家(陶芸、漆芸、金工、染織、七宝、竹芸を含む)の平均寿命の統計をとりました。やはり漢方養生法の考えの通りに水墨画家、書道家の平均寿命は同時代の日本人男女平均寿命や同じ画家である洋画家や他の芸術家よりも長いのです。「力」を使う彫刻家や工芸家などより、「力」ではなく「気」を使う書画家の方が長寿だと言えます。また、美術年鑑に載っている有名書画家だけではなく、一般の書画家、書画愛好家も、一般の方よりも長寿でしょう。

なぜ水墨画と書道は健康にいいのでしょうか?漢方医学によると、健康の基本は動と静、心と身の「平衡統一」です。健康や病気予防のために、いろいろな養生法があります。太極拳、気功、針灸按摩法などは、今も人々の健康に役立っています。水墨画に従事することは「運動、養神、活気」の三者統一であり、太極拳や気功と同じ効果のある養生法です。特に筆を持つ指先の動きは脳の活動や、血液の流れを促進する働きもあります。

現在の研究では、筆をとって漢字を書いたり、水墨画を書くことが手の指先の動きと、漢字を思い出すことや水墨画を想像することは、脳を活性化して脳の老化、認知症の予防に効果があることが証明されています。