4.中国のがん漢方治療

がん難民という言葉通り、手術後“大丈夫”と言われたのに再発し、また転移・再発を繰返し、放射線治療・抗がん剤治療も繰返してなかなか治らない、治療法が無い、と苦しんでいるがん患者は沢山います。しかし、私から見て、手術前あるいは手術後あるいは放射線・抗癌剤治療と同時に体力免疫力を高める再発・転移予防の漢方薬を早目に服用すれば、かなりの方が助かる事が出来ると思います。がんの患者さんが来局されるといつも悔しい気持ちでいっぱいです。
ここで、2010年6月4日(金)~6日(日)に名古屋で開催された「第61回日本東洋医学会学術総会」で発表した論文を掲載します。私と縁がある方、このホームページを見て下さっている方、是非読んでみて下さい。

背景と目的

がんは、世界的に医療の難題である。転移、再発、末期のがんに対する手術、放射線治療、化学治療の効果は十分とはいえない現状です。また放射線・化学治療では、様々な副作用が認められる。がんは現代の3大生活習慣病のひとつですが、漢方の古典にがんの記述や治療法は既にあり、また中国のがん治療は、50年代から西洋と漢方の「結合医療」の実施に従い、がんの漢方治療と研究に力をいれていることを報告する。

がんの歴史

  1. 殷周時代
    殷商時代の甲骨文に「瘤」の病名があり、周の時代の「周礼」で、医師は食医、疾医、瘍医、獣医に分かれていて、その「瘍医」は外科で腫瘍を治療する医者。「周礼」に「瘍医掌腫瘍、潰瘍、金瘍、折瘍之祝薬、翻殺之斉。凡療瘍,以五毒攻之,以五気養之,以五薬療之,以五味節之。」の治療法がある。
    「山海経」に植物、動物、鉱物薬120種類があり、悪瘡、イン瘤、噎食などの病気を治す。
  2. 春秋戦国時代
    中国最古の漢方古典「黄帝内径」にはがんの原因、臨床症状、転移、治療などの記述があり、例えば、「虚邪中入、留而不去」、「喜怒不適・・・・積聚已留」、「膈噎不通、食飲不下」、「留而不去、則伝舎於絡脈」、治療について「堅者削之、結者散之」。
  3. 漢の時代
    「傷寒雑病論」にはがんの「弁証論治」と沢山の優れた処方があり、例えば養陰と甘温法で「肺痿」を治療し、軟堅散結と活血キョオ法で「セイカ」を治すなど、処方は抵当湯、旋覆代赭湯、硝石ハン石散、ベッ甲煎丸、大黄庶虫丸など。
  4. 晋の時代
    皇甫謐の「鍼灸甲乙経」に鍼灸で沢山の腫瘍疾患の治療があり、葛洪の「肘後備急方」に甲状腺腫瘍とよくみられる腫瘍の治療だけではなく、予防と転移の対策と化学薬(紅升丹、白降丹)治療も行った。
  5. 隋の時代
    巣元方の「諸病源候論」に腫瘍の病因、証候の記述は169ケ所あり、初めて良性と悪性腫瘍の鑑別をした。また、予防と治療に海藻、昆布、海苔を使い、内分泌治療を行った。
  6. 宋元時代
    宋の東軒居士の「衛済宝書」(1170年)に初めて「癌」の漢字が出ている。また、がんの観察方法、診断治療法の記述もある。
    金元時代に漢方の4大流派ができ、がんの治療も大きく進歩した。「火熱派」の劉完素は清熱解毒、清熱瀉火の治療法、「邪気派」の張子法は莪術、三稜、甘遂 を使い、「キョ邪法」でがんを治療、「脾胃派」の李杲は 「養正積自消」と考え、がんの治療基本は「扶正」と主張、「補中益気湯」は今も癌治療によく使われる。「養陰派」の朱丹渓は「化痰法」で瓦楞子で消血塊、消痰で乳がんを治療。 また、「外科精義」に骨瘤、脂瘤、肉瘤、血瘤、膿瘤など10数種類の腫瘤の名前がある。
  7. 明清時代
    以前のがん治療の経験上、各がんの発生、治療、予後と体質、年齢の関係などについて詳しい論述がある。
    張景岳の「類経」と「景岳全書」に積聚セイカというがん治療の薬物は、攻、消、散、補の四種類。趙献可の「医貫」に食道がんの「噎膈」は「惟男子年高者有之,少無噎膈」である。李念莪は「初可攻、中応且攻且補、末宜補之」の治療法があり、「本草綱目」に、がん治療の薬物は130種類以上、清の呉謙の「医宗金鋻」に癌疾は完治出来、或いは「帯疾而終天」、また、がんは臓腑と経絡のところに多い。高秉均の「瘍科心得集」に舌疳、失栄、乳岩、腎岩は「四大絶症」と言う。

がんの病因と病機

漢方ではガンは局部の病変ですが「内因」と「外因」の総合的な影響により、全身的な病気と考えています。

  1. 正気虚弱 漢方では発生と進行の最大の原因は正気虚弱。正気が弱いと邪気の侵入を防ぐことができない。長期間体に留まると気血、臓腑の機能低下と平衡失調になり、これにより、がんが発生。従って、がんの患者さんは気血虚、脾虚、腎虚の証である。「正気」が衰弱、邪気が強盛、体力免疫力が低下、がんはさらに進行しやすい。また正気が弱くなり、悪循環になります。
  2. 気滞血オ 気と血は生命活動の重要な物質、全身に流れています。しかし、長期間の「情志憂傷」により、気血の運行は不暢、失調、気滞、血オになり、その状況を長くなると必ず「セイカ積聚」、がんになる。
  3. 痰湿凝聚 痰湿は水、液の異常代謝の産物。水液の凝聚により、痰になる、逆に水液は弥漫して湿になる。痰湿は気の昇降流行により、臓腑、筋骨、皮肉に行き、長期間蘊結して、がんになる。
  4. 熱毒蘊結 熱毒はほんど外淫、陽邪、最も気を耗る、津液を傷る。また痰湿、オ血と一緒に皮膚、経絡、臓腑に長期間積聚により、がんになる。
  5. 臓腑失調 人の臓腑機能の調和は、気、血、精、津の元で健康元気を維持できる。もし臓腑機能失調になるとオ血、痰湿、濁気を生まれる、長く体に積聚して、がんになる。

漢方のがん治療の基本

がんの漢方治療の基本は、がん患者さんの体全体を考えて、扶正とキョ邪の結合。がんの進行度、患者さんの体力免疫力、食欲など全身の症状、血液の検査結果、西洋の治療法などに合わせて、「弁証論治」により、先補後攻、先攻後補、抗補兼施の治療法を選ぶ。

  1. 扶正 健脾益気 補腎益精 滋陰補血 養陰生津など
  2. キョ邪 理気行滞 活血化オ 軟堅散結 清熱解毒

現在の中国のがん治療

平成19年9月17日~23日、北京の中国中医科学院広安門医院での「中西医結合がん治療研修班」に参加すると同時に、現在中国のがん治療について調査した。

  1. 北京市内の中国医学科学院腫瘍医院・中国中医科学院広安門医院中医腫瘍医療センタ一・北京腫瘍医院以外にも、ほとんどの病院にがん外来と病棟が設立されている。中国厚生省所属の中国医学科学院は1956年に腫瘍病院と腫瘍研究所を設立、中国中医科学院は1963年に広安門医院に中国中医腫瘍医療センタ一を設立、2007年12月に中医腫瘍研究所を併設した。
  2. 現在、北京市内では全ての医療機関の外来・救急外来に共通するカルテ手帳が発行されている。病院での検査結果とカルテ手帳は患者本人が保管・持参する。広安門医院のがん外来に来た肺ガン患者は、前日に北京大学第一病院で受けた検査結果とレントゲン写真を漢方診察に持参。再検査の必要はなく、即日漢方治療を受けた。
  3. 中国中医科学院広安門医院は漢方専門だが、がんの手術・放射線治療・抗がん剤治療も行っている。入院がん患者には検査、手術などの治療前にまず漢方薬の点滴と服用などの漢方治療を行う。

治療効果

  1. 上海復旦大学付属腫瘤医院 中西医結合がんセンタ 劉魯明氏の56例末期膵臓がんの治療結果
    56例中末期膵臓がんの治療結果

    治療法 1年生存率(%) 2年生存率(%) 3年生存率(%) 5年生存率(%)
    化学療法
    +漢方薬
    55.37 34.61 25.96 25.96
    化学療法 21.95 7.31 7.54 0

    P=0.004
    劉魯明ほか(復旦大学付属腫瘤医院)
    Society for Integrative Oncology(SIO)
    April 25-26,2008 Shanghai,China

    復旦大学付属腫瘍医院 中西医結合腫瘍センタ一劉魯明教授は中薬の膵臓がん治療Ⅱ期臨床研究がアメリカのがん研究費215万ドル(2005.9~2009.8)を獲得、末期膵臓がんの中西医の結合治療結果は平均生存期間40ヶ月(西洋医学だけの場合は5ヶ月)、10年以上の生存者は2人。2008年4月25日~26日に上海で、アメリカのSociety for Integrative Oncology(SIO)が主催する学会が、アメリカ以外の海外で初めて開催されました。

  2. 中国中医研究院広安門医院 中国中医腫瘤医療センタ一 楊宗艶氏の126例末期肝臓がんの治療結果
    126例原発性末期肝臓がんの治療結果

    治療法 平均生存期間(月) 半年生存率(n %) 1年生存率(n %)
    西洋薬
    漢方薬
    82 9.8 46(56.1) 18(21.9)
    西洋薬 44 7.1 20(45.4) 7(15.9)

    P=0.045 P<0.05
    楊宗艶ほか(中国中医科学院広安門医院)
    <中国中西医結合外科雑誌>2007年8月第13巻第4期

  3. 当薬局の各種がん、各末期癌の漢方治療の一部症例
    【症例1】悪性リンパ腫 女性
    平成18年1月12日漢方治療開始。当時73才。
    平成16年に診断され、 2年間放射線と抗癌剤治療を受ける。
    平成17年6月に右乳房に転移し、手術。
    平成17年12月に子宮と膀胱に転移。腹水もあり余命1ヶ月と診断される。
    平成19年11月30日 死亡。

    【症例2】 膀胱がん 男性
    平成19年3月29日から漢方治療。当時79才。
    平成17年2月腎臓がんで手術。
    平成17年6月膀胱に転移、内視鏡で手術。
    平成19年2月 また膀胱転移。手術後、抗癌剤治療を受けるが、漢方薬の併用により副作用は無い。
    平成19年6月、尿道に転移し手術。
    現在は、新しい転移・再発は無く、漢方治療は継続中。元気。

    【症例3】 すい臓がん 男性
    平成19年8月17日に診断され、その日から
    漢方治療開始。当時59才。
    平成19年8月17日すい臓がんの大きさは3cmと診断され、9月3日精密検査で肝臓・胆管にも転移が見付かる。同年9月8日手術。その後、抗癌剤治療を受ける。
    現在は、転移・再発が無く、定期的に検査。
    漢方治療を継続中。

    【症例4】 肺がん 男性
    平成17年9月1日漢方治療を開始。当時76才。
    平成17年7月に肺癌を診断される。
    平成17年8月3日~23日まで入院し、抗癌剤治療開始。11月27日4回目の抗癌剤治療後、放射線治療40回を開始。両治療の時も漢方薬を調整して服用を続ける。その後も毎月服用し、現在に至る。
    平成22年6月5日の肺・脳・骨のCT検査では、転移・再発は無い。漢方薬は減量し、継続服用中。

    【症例5】 多発性骨髄腫 女性
    平成14年4月18日漢方治療を開始。当時70才。
    同年1月に発症し、同年3月15日手術。退院前に息子さんと娘さんが来局相談。退院日から漢方薬を服用。
    現在は、再発も無く、元気で毎月定期的に漢方の服用を継続。約8年間服用中。

    【症例6】 悪性リンパ腫 再発・転移 女性
    平成18年5月16日 漢方治療開始。当時69才。
    平成12年3月 悪性リンパ腫を診断される。
    国立病院に入院し、抗癌剤治療を受ける。
    平成13年11月再発。平成14年再発。
    平成15年ペット検査でまた再発が見付かる。
    平成18年4月腸膜に転移。
    漢方治療中、断続的に抗癌剤治療を受ける。
    平成19年10月に乳癌を診断され、手術後、ホルモン治療開始。5年間の予定。
    平成22年5月6日ペット検査結果、乳癌も悪性リンパ腫も再発・転移無し。現在は、元気で一切症状は無く、漢方薬を減量し継続中。

考案・結論

漢方のがん治療は2000年以上の歴史があり、経験豊富である。抗がんの免疫力、体力力、内臓機能、造血機能、胃腸機能を高める「扶正」の漢方治療は現在の三大西洋治療法と併用することは一番理想と思います。
「扶正」の漢方治療の併用により、放射線治療と化学療法の治療効果がアップする同時に副作用が減軽することができる。2009年6月東京大学医学研究所の田原秀晃氏の研究は免疫力の強化により以上効果が表明された。

参考文献

  1. 中医学 1981年 河北医学院主編 人民衛生出版社
  2. 腫瘍特色方薬 2006年 蔡光先主編 人民衛生出版社
  3. 中医腫瘍学 2007年 周岱翰主編 広東高等教育出版社
  4. 腫瘍中医証治精要 2007年 陳イ主編 上海科学技術出版社

第61回日本東洋医学会学術総会
{会 期}2010年6月4日(金)〜6日(日)
{会 場}名古屋国際会議場
{主催者}日本東洋医学会
{演 題}中国のがん漢方治療----------歴史と現在
発表者 侯 殿昌  北京懐仁堂漢方薬局